私の住むまち

小丹生(こにゅう)の町。家の裏手から、少し行ったところに鳥居があり、その鳥居をくぐったさきに急な崖を登る階段があり、登りきったところに春日神社があります。そこから、大丹生(おにゅう)と小丹生の町を一望できます。この地で生まれ育ったガラス作家の長谷川渡さんが初めてこの地を案内くださった日に、連れて行ってくれた場所でもありました。

引っ越してきてからも、度々、急な階段を登っては、ここの風景を眺めるのが好きでした。

まあるい湾になった海岸の道沿いに家々が立ち並び、それを囲むように山々が包み込んでいます。その北と南に海と山が海岸に沿って長く続いており、この山々のところどころには海岸段丘が隠されており、海岸線から少し登ったところの田園からは、どこからも海を見渡せる。越前海岸はなんとも美しい、そしてユニークな土地です。

北は石川県方面、南は敦賀方面をつなぐ国道305号線がこの海岸線ですが、ここをただ通り過ぎてゆくドライバーも多いけれど、越前海岸に立ち止まって佇めば、小さい地域に海と山の恵みが凝縮していて、とても優雅な時間が流れていることに気づきます。

真夏の炎天下の日でも、春日神社の木陰に辿り着けば、この上なく心地よい海からの風が吹き抜ける高台。ある日は、気づけば1時間以上この風景をスケッチして時を過ごしていました。

ここの風景の美しさ、空気感を伝えるにはとても拙い表現ですが、木版画にしました。気づけば今は秋の始まり。一生のうちにいくつ、ここの風景に近づく作品を作れるだろうか。

ここだけでなく越前海岸は、素敵な風景で散りばめられています。

越廼の夏

8月も終わりに近い日曜日。越廼の公民館より、子供達の七夕飾りを浜辺で焼く、どんど焼きの企画があるとお誘いを受けていたので、日没前の浜辺へ子供達を連れてゆきました。

駐車場には消防団がたくさん。どんど焼きにこんなに消防団が来るのか、とちょっと不思議な気持ちはしましたが、到着するや、子供達は浜辺でかき氷をもらったり、キャンドルを灯したり、短冊に願いを書かせてもらったり、しているうちに日が暮れて、笹焼きの時間をを待つのもなかなか良い時間で、それぞれに地区の子供達が夜の浜をとても楽しそうに走り回ったり、砂遊びをしたりのまったりとした夕べ。夏の夜のこんなひととき、なんて素敵なんだろう、と思っているうちに、神主さんが現れ、子供達の託した短冊をたくさんつけた笹の葉に、祝詞をあげてくださり、ドラマチックなほどに炊き上がるどんど焼き。それはそれは、厳かで、なおかつ子供達はのびのびと夜の浜をとても楽しんでいて、ドキドキするような美しい時間。遠くには客船らしき大きな船や漁火がきらめき、夜空には三日月と星たち。ただただ感激していたところ…。おもむろに、「さあ、始まるよ、みんなでカウントダウンしよう!」という北村さんの声。なになに?と、不思議な気持ちで大人も子供も、カウントダウン。「…ゼロー!」の声の瞬間に、始まったではないですか。目の前の海の上で花火大会が。

お誘いのチラシには、「夏のどんど焼き、かき氷、子供花火コーナー」としか書かれていなかったので、きっと、浜辺で、子供達に手持ち花火が配られて、ささやかな花火の時間があるのかな、くらいに思っていたので、30分にもわたる本格的な花火大会には度肝を抜かれ、そのサプライズに感激の涙が止まりませんでした。コロナのため、人を集めての花火大会開催は叶わない中で、地域の方たちが、粋な計らいでこっそりと企画を進めていらしたのが後から解り。まあ、なんとこの地域の方たちの地元愛の強いこと、子供達を喜ばせたいという想いを持った素敵な大人たちがいる、大きな暖かい心意気にふれ、感謝の気持ちが溢れました。

越廼は限界集落も点在するような過疎地の小さな村。買い物さえままならなくて、暮らしは便利とはいえず。そんな中、市街地へ移動してしまう若い人たちが多いというのも抗うことのできない現実ですが、ここで育った人たちの、地元愛の深さを感じさせてもらえるような事があると、とても嬉しくなります。この地に、爆発的に人が増え、スーパーが出来、便利になってほしいと願うことは本当じゃないんだと思う。もちろん、不便なのは確かに少し苦しいし、スーパーの一つもできて欲しい気持ちもあるけれど、この、越前海岸という、とてもユニークな美しい地域が、そのユニークさを輝かせて存続してゆくのがベストなんだと思います。そのために自分ができること、何かあるだろうか。答えはすぐに出ないけれど、私の中の、この地への想いは、半年前のそれとは全く変わってきているのは確かです。

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