版画ゆうびん

おさのなおこが綴る越前海岸からの版画の便り

はたはた

越前海岸の山々は新緑が美しくなってきて、海はきらきら。日差しが柔らかくなってきましたが、みなさまいかがお過ごしですか。

3月の誕生日。ご近所の方からプレゼント。「簡単に煮るだけで美味しいよ。」と、包みを一つ、いただきました。

ハタハタは、日本海側の各県でほぼ一年中とれるそうですが、旬は冬から春にかけて。白身ですが脂が乗っていて、さっと煮付けたら、まるで、銀鱈のような風味と食感だと感じました。栄養価高く、鱗もなくて扱いが簡単。ただ焼いただけ、干物、煮物、揚げ物、鍋物なんでも美味しくいただけるそう。北陸の人にとっては馴染みの深いお魚のようです。

大昔の人は、雷を神様と考えていたそうです。神という字を分解すると、「ネ」と「申」です。この右側の「申」は、象形文字で、ピカッと雷が落ちている姿を表したもの。かみなり、の音も、「神なり」と書けますね。

雷が鳴り、(神様が落ちてきて)海が荒れると捕れるのでハタハタにこの字が当てられたということ。こちらへ引っ越してきてから、幸いにもまだあまり雷鳴をきいていませんが、北陸の雷は、関東のそれとは迫力が違うとか。

太古の人々は、日々神を感じ、自然への畏怖を抱き暮らす中で、食べ物に対する、いのちをいただくという行為に対する感謝の気持ちも、現代人よりもきっと、ずっと大きかったことでしょう。ずっと海辺で暮らしている方たちの、日々の過ごし方に接しながら、いくつかの神事などに参加させていただくと、太古の人からしっかりと受け継いでいる精神性をしっかりと感じさせていただくことができます。

3月20日の春分の日には、海の神様をお祭りする神事があり、大丹生の港では、この日は荒波でしたので、少し離れたところから、海に建つ祠に向かってお坊さんとともに村の人たちがお教を唱えるという場に参加させていただきました。

実際船を出し、魚を捕り、海とともに生きている暮らしがあり。神事にも、より神聖さを感じます。私もこの港から海に向かう船の恩恵を頂いているので、漁師さんの日々の安泰を祈る気持ちが、自然と大きくなるのを感じます。

今、「アマビエ」という、疫病退散の絵柄をあちこちで目にしますが、私にとってはこの神の遣いであると言われるハタハタもまた、絵にして感謝の気持ちを表し、世の平安を祈ることも無意味ではないと感じられ、もともと版画づくりの私の根本にある、持つ方の護符になって欲しい、という願いも変わらず込めて、みたままを版画にしました。