版画ゆうびん

おさのなおこが綴る越前海岸からの版画の便り

汲んでもつきないものがある
それをなんと呼ぼう
深い森に
木の葉にうもれ
しんしんと湧き出る
あの澄んだ液体
あなたは
一度知ったら忘れられない
すがすがしい冷たさ
それ故に
私に汲みとることのよろこびを教えた
それを何と呼ぼう

たとえば愛
たとえば哀しみ
たとえば英知
あまりにひっそりと
目立たないところで
私のかわきをいやしている
何と呼ぼう
なんと呼ぼう

塔和子 詩集「分身」より「泉」

「ケーン!」といったような声が、潮騒に混じって森から、明け方や夕暮れや夜中に聞こえて来て、それが鹿の鳴き声だと知り、聞くたびに神聖な心地にさせてもらっていました。

大雪で始まった年明けですが、この寒さの中あの鹿たちは一体どうしているかしらと、想像を巡らせます。

この冬、詩人塔和子の「泉」という詩に出会い、この地の風景に重ねることができないかと版木に向かいました。

越前海岸の実は宝物のように、そこここに秘められるようにしてある森の存在が、この詩と共鳴して、希望の光となってくれ、私にこの作品を描かせてくれました。

そしてこれまで使ったことのなかった、いつもより厚みのある越前和紙に、いつもと違う方法で彩色を施してみました。

表面をコーティングしていない、生の和紙の繊維に美しくにじむ顔彩の色にドキドキしながら色をのせました。こちらに乗せている版画はモノクロームですが、ぜひ、彩色で仕上げた生の版画を手にとってご覧いただきたいです。

新しい素材に触れることで出会えることがあります。

まだまだ、自分の中に、未知なる可能性を感じます。